「大番」(獅子文六著) 



「粋」には 微妙…なニュアンスが
くっついている場合がある。

たとえば、70年代に放映された「寺内貫太郎一家」(原作 向田邦子/演出:久世光彦)に、ある女性を「こちら、粋なご商売の方で。へへへッ。」と紹介するシーンがありましたが、そのセリフの指す女性は固太りで、ガサツな立ち居振る舞い。

今でいうと、渡辺えり子さんが原色の服を着て演じるタイプなのでした。

このテの微妙…な「粋」の使い方が沢山見られるのが、 昭和30年代はじめに書かれ、映画化された人気小説、「大番」(獅子文六・明治26年生まれ)かもしれません。

「大番」の主人公の丑之助こと「ギューちゃん」は、素朴な田舎者。しかし株に関して天才的なカンがあるため億万長者になるという、痛快ストーリーです。

時代は大正から昭和初期、まだ大多数の女性が着物を着ていた時代です。精力絶倫のギューちゃんは、とにかく花街に通 って、通って、通いまくる。 みうらじゅん著「D.T.」 でいうところの典型的な“ガハハ”ですな。

出世街道をひた走りながら、その時その時のおサイフ事情に応じた場所を選ぶギューちゃん。 したがって、あらゆるランクの花街が 「大番」に登場する。

便所に消毒器がぶら下がっているような待合」から、
「大臣や大実業家の遊ぶお茶屋」まで…

■お金があっても、基本的には庶民的な花街(主に四谷)と相性がいいギューちゃん。
彼の好きな芸者は、「ミズテン」(=不見転)です。以下、四谷のシーンを抜粋。

彼は芸妓遊びというものをはじめて覚えた。
といって、唄がうたえるわけでなく、気のきいた冗談が言えるわけでもないが、ただやたらに酒を飲んで、大きな声で笑って、やがて女とともに別 室へ退く。それだけのことが、ひどく愉快なのである。

吉原も面白かったが、待合いの遊びは何か、高級の気持ちがするし、その上、彼の性格的な独占欲を満足させるものがあった。吉原のマワシ制度(※ひとりの娼妓が一晩のうちに、順々に多くの客の相手となること)というものは、甚だ、彼の性分にあわなかった。そのために、初音嬢(←吉原の娼妓)の買い切りを交渉して、ヤボなことをいうもんじゃないと、ヤリ手婆さんに笑われたが、今度はその自由が認められたのである。たとえ、半夜といえども、契約期間内は、完全な主権が確立する。

しかも、部屋は幽閉的であり、枕もとには、行灯風スタンドとか、水差しとか、彼のために備えられたようなものがあて、買い切り気分を安定させる。

親友にお酒をご馳走するというような場合は「芸妓も丑之助が好きなミズテンを避けて、座持ちのいいのが2人現れた」という風にしますが、「大いに飲み、大いに食ったあとには、必ず情欲に転ずる男」であるギューちゃんは「若い妓、より若い妓、と望んだ。 当時は、児童福祉法も施かれていなかったので、満15才などという少輩が、その種の肉体労働に服していたのである。」しかし 満15才の少輩達は、22才なのにオヤジ顔のギューちゃんが大嫌いで、「若い芸妓は業務を終わるとサッサと帰りたがった。」

(法の目をかいくぐって行われる“その種の肉体労働”の様子は、若尾文子さんが九段の芸者を演じる「女は二度生まれる」に描かれています。)

■やがてギューちゃんはその待合の女将、「おまきさん」と深い仲になる。原作での「おまきさん」は、年増の不美人となっていますが、映画では美しい淡島千景サンです。

彼女は、「丑之助に対しては、売春幇助者の役回りをつとめている」ため、はじめはギューちゃんに惚れることができませんでしたが、結局は生涯にわたってギューちゃんの強い支えになるのでした。

(しかそ脳天気なギューちゃんは、おまきさんと関係を持ってからも、彼女の待合で「サービスのええ妓、呼んでや」と、「枕席にはべる女を要求する。おまきさんはムッとしつつ「そうね、誰がいいか知ら」と、「つい職業的な返事をして、職業的な役目を果 たして」しまう。このやりとりが可笑しいような、気の毒なような。)


■さて、ここから粋な話を☆

出世したギューちゃんは 伯爵のお屋敷があるような超高級エリアに、豪邸を買います

その際、同居するおまきさんの整えてくれた家具は、イキ家具

この場合のイキは、洗練、かっこいい、とはというのとはちょっと違うニュアンスで使われています。

おまきさんは商売柄、お値段のわりにゴマカシのきく家具調度を いつも仕入れているから、瞬く間に各室を人間の住みからしく整えてしまった。もっとも山の手臭い、ゴツい普請の家の中に、イキ好みの家具ばかり並んだのはトンチンカンであったが」。

■おまきさんは、ギューちゃんにドテラを見立ててくれたりもします。
「おまきさんは、恐るべき熱心さで、最後の一反を選択した。役者でも着そうなイキな柄だった。」「おまきさんが、彼の専用につくってくれたドテラとハンテンが、彼女の好みでイキすぎたそんなのを着て、待合いの女将の部屋で飲んでいる男といえば、役者のように好男子でないと筋ちがいである。」

ちなみに、そんなイキな好みの持ち主、おまきさんは「板橋かどこか、近在の生まれで、家が貧しかったから、若い時から、収入の多い、こんな社会の女中奉公に出た」人。彼女は着物の首に薄いスカーフを巻く人でもあります。

「急いで買ったコートに和風好みのハンドバッグを持った姿は決して醜くなかったが、首に薄いスカーフを巻いたところは商売柄を表していた(首のスカーフは、今でいうとアニマル柄のスパッツ的なものでしょうか?)

■また、ギューちゃんが大阪にいるシーンでは「イキな橋」というのも出てきますが、
これもかっこいい橋…とかそういう意味ではなく、獅子文六流の皮肉っぽい表現。

ギューちゃんは「イキな橋」を渡って二流の店に日参し、下半身に「入念なサービス」を受けているという設定なのです。



とまあ、そんなこんなで粋な「大番」は、大正時代→戦前の昭和→戦中→戦後の大混乱期と怒涛のように話しがすすんでいきます。

株の知識がなくても、ぐんぐん読めること間違いなし。新刊でも出ていますが、装幀や挿し絵がちょっとアレなので、面 倒でもこちらで検索して古本を買った方がいいと思います。。。

「大番」を読んでいると、空襲といっしょに様々な文化が焼失したんだろうなあ、としみじみする……。

 

これは終戦から10年頃の東京です。 (こちらのサイトから

↓これは2006年の日本、

 

ヲ関連話題 「 芸者稼業」 「新版 大東京案内」より抜粋(今和次郎・昭和4年)

なぜ花柳界は苦悶をする。それはいふまでもない。日を追ふて発展するカフェーとバーの圧迫、とりわけ激しかった昭和4年の夏枯れに加へて、浜口内閣の高圧的な緊縮政策といふ風で、まるで花柳界は三方から詰め腹でも切らされさうな有様になった事である。新橋なぞでは、644人の芸者が一晩に38人しか動かなかったといふみじめな事さへ出来上がった。

同じ日に柳橋と葭町と新橋の三カ所を調べたら、三カ所合計1600余人の芸者中で、働いているのは、僅かに100人であった。これを以て他の土地の想像は出来やう。そんな風な事が、一晩だけでなく、けふもあすもといふ風に連続しさうな形勢になつている。(中略)

『かせぐになると、1ヶ月に平の座敷だけでも三百円、四百円の上がり高を見るが、そんな妓は一カ所に何人とあるものでな、まづ、自前も抱へも平均したところ、一ヶ月百円を越すのは、一寸むずかしいくらいのところであらう。

とすれば、1人について千円以上の貸金を提供し、五百円以上の身のまはりを飾り、五百円以上の芸事を仕込、高い税金をはらって今日を暮らしてゆける筈がない。芸者の税金は、非常に高い。市内は、一等地が芸者一人に付十五円五十銭、2等地が十一円五十一銭、府下は十円というほどで、酷税を通 り越して苛税である)

そこで公然の秘密といふ収入がある。即ち姐さんには旦那がつき、抱へには特別 祝儀いふ薄暗い座敷のつとめ。抱への 特別祝儀のかせぎぶりは説明すべくあまりに単純で』…)

 

■関連話題 明治男の考え→「野暮……まことにけっこうだ。“イキ”な着こなしは、今の世では日本の古典芸能にたずさわる人たちの“特権”となったようであり、ゆえに“イキ”になるのはこれらの人にお任せして、シロウトはシロウトらしく。」

小説の中の着物目次へ