「木綿以前のこと」 柳田国男(岩波文庫)

この本は着物の項だけ読んでみました。
1924年(大正13年。翌々年は、もう昭和)の本だそうですが、
柳田国男は、当時の着物が好きではないのですねえ。今の私たちから見ると、優美で憧れの的、の着物なんですけれど!以下、ちょっと引用させてもらいました。


上品な階級の真似っこをしているうちに、着物が複雑な方向へ…?

「近代の当世風の中には愚劣なる生活改善が多かった。」

「まず運動にも作業にも不便な趣味ばかりを、上品として模倣した」

深窓の佳人ならばそれもよかろうが、中以下の家庭の女がそんな様子をして生きて行かれるはずはない」「これは、我々の近い祖先の、当世風の選択のあやまりであった軽率無思慮の 生活改良の災いと言ってよいものである。」

「何でも見れば真似をして、上から上からと色々余分なものを取り重ね、羽織だ、コートだ、合羽だ、塵よけだと、だんだんに包み込んで今のような複雑きわまる衣裳国にしてしまった」




↑「運動にも作業にも不便な趣味」の例?
でも、このお嬢様は戦前の超・
超・上流階級。ホントに深窓の佳人ですから
「運動にも作業にも不便な」かっこうでオーケー


【都市の働かない人達むけの着物】

「少しでも仕事と名の付くようなものをしようとすればこんなもの(着物)を着ていてはあがきがとれない」

「日本人ほどよく働いてきた国民が、昔からこういう不自由な物に朝晩くるまって大きくなったように、思っていたことが歴史の無視である」

「都市の働かない人達のいい加減な嗜好を消費の標準にさせて」 (私の声:戦後みんなが着物をきなくなると その傾向がさらに強まったのでは?)


【古くからあると考えられている習慣も、実は最近はじまった不合理なものがあることが多い ?】

「よく老人達が 古いしきたりだ改めるわけにはいかぬ と力んでいるものの中にも、文化文政の100年以降、甚だしきは明治の初年頃からはじまったものが幾らもある」



着物女性の歩き方について

「少なくとも、古くから行われているから保守しなければならぬ などというものは、決してそう沢山には無いのである。 おかしい話は話きれぬ ほど色々ある。 例えば皆さん御存知の女の内足の風である

「ところが、桃山時代の屏風絵、岩佐又平の写生がはもちろんのこと、西川・菱川の早い頃の作を見ても、女は外足でサッサと歩いている多分二重に腰巻きをして、上の方が長く、且つ麻のようなさらりとした材料を使わなくなった結果 、こんな歩き方を発明して、それが美女の嬌態として認められることになったのかと思う。


その他もこんなことが↓↓
(※ここから先は、引用ではなく、私がてきとうに要約してます。 正確なニュアンスを知りたい方は本を本でくださいね)

■正座は古い起源のものではない!
  正座が大和魂を作ったわけじゃない。正座なんて別に大したもんじゃないんだ!
■畳の上を「すり足」する習慣はすっごく不潔!
  畳に足の垢をこすりつけるなー!
■寒くて乾燥した大陸でもないのに、靴をはくなー!
■小倉地の詰め襟なんか着込むなー!こらっ!汗の放散を妨げるなー!

等々。もう、文中ずーっとプンプンしてるみたいです(笑)

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