「明治改暦」(時の文明開化) 岡田芳朗  大修館書店


着物には、6月1日と10月1日に衣替えがある・・・、とされています。
それが「着物」のしきたりだと。

 

生活に制約が少ない21世紀、
どのようなライフスタイルを選択しようが、昔ほど文句を言われません。
恋愛も、衣生活も、仕事も、子育ても、自分の好きなようにしていいのです。

そんな時代には、制約がむしろ嬉しかったりするのでしょうか。

体感温度や個人差をまったく無視してカレンダーにふりまわされる「衣替え」が
奥ゆかしい、折り目正しい習慣と、受け取られる場合があるかもしれません。

制約があるからこそ、おしゃれ心が燃え上がるのよ!
生活にメリハリができるのよ! みたいな。

しかし、衣替えの基準となっているカレンダー自体は、どうなんでしょう。

そのカレンダーは、明治政府が大混乱の中、
大慌で 採用したものだったとしたら。


「明治改暦」(時の文明開化)は、そのへんの事情が詳しく書かれています。

太陽暦への改暦は、西洋の時刻法の採用のように、
近代をめざす日本にとって、早くやっつけておきたいことでした。
しかし、その性急な導入によって、人々に多大な犠牲を強いたため
反発もあったようです。

「新暦は、旧暦の暦日と1ヶ月近くも相違し、さまざまな年中行事を実施する上で無理があったから民衆は新暦に強い不満を感じていたのである。」

「政府において、毛唐人の国の太陽暦をおとり用いなされしは、とりもなおさず、
毛当人に公算してその属国になりし訳でござる」という意見もあったとか。

「西欧先進国や、アメリカではすでにグレゴリウス暦を採用していた。グレゴリウス暦太陽暦は文明のシンボルであった。ただし、欧米人の目から見れば、同じ太陽暦でもユリウス暦は時代遅れであり、そのユリウス暦を固守しているロシアは強大であっても、後進国と目された。

ましてイスラム暦や、太陰太陽暦を使用している国々は、あるいは列強の植民地となり、あるいは半植民地化されている。いずれも、後進・未開ないしは、野蛮の代名詞とも見なしていたであろう。」

 

西洋から、遅れている国って、思われたくないもん!
そんな事情からアタフタと採用されたグレゴリウス暦。


で、「着物」の衣替えですが、「毛唐人の国の太陽暦」を基準に
10月1日からは袷です、って……一体、何?という話しですよね。

いったい主役は、人間なのか、「着物サマ」なのか、それとも「カレンダー様」なのか。



ちなみに、着物とよく似た服を着るブータンには衣替えはありません。
袷と単がありますが、好きなように着ていいそうです。
しかし、皆とてもキリッとしていた。(詳しくはコチラ)

10月1日、まだ暑いのに「衣替えだから。だって、それが伝統だから。」と、
思考を停止し→→ クールビズを終了させ、
上着を着込んで11月まで冷房をかけまくるどこかの国の人より ずうっと凛々しいのです。



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