「幻の朱い実 (岩波書店)

児童文学者の石井桃子(明治40年生)さんが80歳になって初めて書いた大人向け小説。80歳といっても文章は非常に女の子っぽく瑞々しいのです。

昭和7年位の荻窪が舞台で、当時を実際に経験した石井さんならではの鮮やかな描写 があちこちに!レトロ気分が少ない本で、読書の苦手な私にもスイスイ読めました。

主人公は24才の大卒女子2人、勤め人の明子と、結核の蕗子。

彼女達は基本的にはお嬢様なのだけれど、金銭的に余裕がないので可愛いダンドリくんになっています。単発仕事をどんどん獲得していく様子は意外とたくましくてビックリ!また、現在と同じように鉄道・タクシーを自由自在に乗り回しているから行動範囲が広い広い。食事だってコッテリ洋風、お肉のバタ焼き、チョコレート。

とにかく 衣生活や食生活など、細かく・細かく書いてあってその細かさといったら、赤毛のアンに匹敵するほど!


この本は、逆回しのキモノ姫といった雰囲気が非常に楽しいのです。キモノしか着たこと無い主人公が、思いきって洋装&断髪、にふみきるというエピソードが出てきたりして…つまりこれは「洋装姫」?

洋装に関しては 親友(←すでに洋装をスタートしている真面 目OL)から 色々アドバイスしてもらうのです。 お手入れ法とか素材の種類とか。

彼女は各種「お下がり」を利用して、つつましく洋装生活を開始しますが 、カンがいいからすぐ板についてしまう。 また、上等の洋服の説明をするときには 「日本でいえば、結城(紬)みたいなものね」という表現をします。 これも、2004年と逆回転ですねえ。


「幻の朱い実には飛び抜けたキャラの人は出てきません。極端なお嬢様ではなく飢え死にするほど貧しくもない。華やかな野心家ではなく、美貌の苦労人でもない。だからこそ、描かれているライフスタイルを身近に感じることができるのです。

洋装生活に慣れてしまった明子が、着物を億劫に感じているのも、すごく可笑しい。(明子は趣味で洋服を着ているのではなく、勤め人なので仕方なく着ているタイプ。)私は明子が着物を着るシーンが大好きです!妙に面 倒くさそうで、着物に思い入れがなくて。彼女は着物の持ち数が少ないからコーディネートが1パターンしかないのです。(笑)

実は私、こんなサイトをやってるわりに着物のコーディネートに熱くなれないタチ。だから明子の非・着道楽なエピソードをを読んだ時には、すっかり嬉しくなってしまいました。

もちろん、明子は着物の時代の人だから、一応きちんと着ることはできます、それなのに着物に興味がない……この状況にちょっぴり憧れてしまうなあ。すっごく運動神経がいいのに運動嫌いな先輩!みたいでしょう?

この小説に出てくる着物描写って、大体そんな調子。ダンスの達人がリクエストに答えて、仕方なく一瞬だけ踊ってくれるような。漫画家が気ののらない調子で、一筆だけスケッチ描いてくれるような。「ああー!なんて上手いの、もっとその先を見せてよー!」という、もどかしい気分になることうけあいです。


ちなみに下巻もあるのですが、舞台が病院や病床になります。活動的なのは上巻の方だけ

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