【戦前の絵日記】(2003.12)

「父が残した貴重な絵日記」和の心に酔いしれろより)

戦前、南国・鹿児島の出張所に赴任した男性のカラー絵日記。気合い入った記録で、仕事の時以外はほとんど着物で過ごしている様子もわかります。ちょっと抜粋。

バスに乗って犬のエサを運ぶ
暑いから浴衣で通 勤してみる
東南アジアみたいな風景
洋服で通勤しても、事務所で脱いじゃう


この中で暑いから浴衣で通 勤してみる 、というのに、ちょっと興味があります。地球シュミレーターによれば、“100年後の東京は奄美大島付近の気温になり、真夏日の日数は100日以上に増加。正月は紅葉の真っ盛り・・・。気温の上昇は世界中で熱波による死者の増加という突然の災害をもたらす。”そうだし。

「元禄小袖からミニスカートまで」(戸板康二著)には、 “明治30年頃に上等な浴衣が出来、これを夏の外出着として男女とも着て歩くようになった”とある。ようは、入院風に見えなきゃいいんでしょう?

(当時の人も、日記の作者が和服姿で通勤するのを笑った、と書いてあるけれど、それは文明開化以降「仕事するなら、どんなに暑くても・似合って無くても・絶対に西洋の服でなくちゃ」という先入観があるからかもしれません。)


【オマケ・浴衣に関する、ちょっとした考え事など】

明治時代、女優さん第一号が生まれる話を読んでいます (「喜劇の殿様・益田太郎冠者伝」) 。当時の女優さんが、「女役者と呼ばれ、さげすまれていた」という話とか。

帝国女優養成所を開く時、渋沢栄一のスピーチは、「日本は今まで婦人というものをとかく軽んじてきた。 俳優という職業は、特に社会から蔑まれ、軽んじられてきた。 皆さんは、女子と俳優とを兼ねた女優というものになるので その立場は二重の重荷を背負うもので実に困難…

というものでした。

哀川翔の「ダブル太陽」のごとく、女優は「ダブル軽蔑」されていたわけですな。

でも今、吉永小百合さんに向かって「貴女の職業って、もともとは社会からすごく蔑まれていたのよ。それが日本の伝統というものよ」なんていう人はいないでしょう?(笑)現在、女優さんは知性と美貌と根性を兼ね備えた、憧れの存在ですもん。

着物には「もともとこれは○○だから。それが伝統だから。しきたりだから。」的な言い方があります。 (浴衣はもともと湯あがりだから…。紬はもともと普段着だから…。)

そういうのも、将来、考え方が変化していくのかもしれません。


ところで、昔の男性普段着って着物のVゾーンからシャツが見えてますよね。バカボンのパパが着ているような、ボタンつきのシャツ…

 1960年代の病院で。

戦前のお家で。


■女性の着物スタイルをちょっと抜粋させてもらいました。ワイルドですよ!

着物でラジオ体操する女性。
豪快なしゃがみこみお洗濯
老いも若きも琉球絣である(労働着としての琉球カスリ)

かつては、いろいろな着物姿があったのですねえ。