【お知らせ】
こちらの「yahoo.知恵袋」の質問の文中
で、
当サイトにリンクが張られ、内容の一部が引用されているため
「質問を投稿した方」と、「当サイトの作者」を混同し、
同一人物だと誤解して いらっしゃる方があるようです。



(質問を投稿なさった方が、引用部分を要約した際に
言葉のニュアンスが変化してしまっている部分も 見うけられます。 )

 



エッセイ 「涙の値打」田中比左良(小学館・
昭和4年)   2004.11


■戦前の人気漫画家、田中比左良の絵と西條八十の詩の組み合わせは、
雑誌界における《百万部のコンビ》と言われていたそうです。

そんな田中比左良(明治23年生まれ)は、「涙の値打」というイラスト入りのエッセイ集で「私は芸者などによく見る内輪な歩き方が嫌ひです。」 と書いています。

(※ここで書かれている内輪な歩き方というのは、先天的なものを指しているのではないと思われます。※)

「夜更けの街頭でよく見る、金口か何かを華奢な指で態(しな)よく挟んで、鼻から煙を吐き吐き、いやに内輪にカラコロカラコロ歩いている図は、どうも私には性にあひません」

「実をいうと、僕にとって芸者美というのは、あんまり駄 目なんだ。芸者といふものは、ひたすら婀娜(あだ)っぽく粋ならんがために、折角ふくらかなるべき女性の体を、研きに研き、すっかり骨ッぽく仕立てあげてしまってゐる。」と。

粋でアダっぽいのが苦手なんて、人の好みはそれぞれですね。
しかしそこは絵のプロ、芸者の内輪な歩き方が嫌ひです”……とぼやきながらも、婦人雑誌には内股のキレイな芸者さんの絵を描いている。


■この絵は昭和8年頃の銀座の金春通り。田中比左良の描いた 「朝湯帰りの姐さん」で、 足元を見るとたしかに内股。 「ひたすら婀娜(あだ)っぽく粋ならんがために」にがんばる世界の、内股歩きです。

■芸者さんの内股については大岡昇平の「少年」にも詳しく書かれています。 
大岡昇平の母親は芸者だった過去を隠していましたが、母の周囲の女性が独得の内股歩きをする為に隠しとおせなかったというエピソードなど。


この人たちの足元も独得です。


  

比較のために田中比左良が描いた「姐さん」じゃない、シロウトさんと思われる女子の絵をあげておきます。つま先の向きを、上の「姐さん」の絵と比べてみてください、違いがわかるでしょうか?

左の絵を明治生まれの人に見せたところ、「長いショールを、ちょっと蹴りながら歩くのが流行していた」とのことでした。右は上野の美術学校の女生徒の図。いかにも 美術学校という感じの個性的な着こなしですね。

(もちろん当時、 天然内股の人もいれば、普段は外股でも写真の時だけ内股っぽくしてみる人、つま先を外に向けたまま写真にうつる人など、色々なタイプがいたことでしょう。大正14年・今和次郎による歩き方調べ参照。)

    

こちらは同じく田中比左良の絵で、銀座のおしゃれな人達。
着物の女性も、洋装の女性と同じく、つま先が外を向いている。
超小顔のプロポーションといい、板についた洋装の着こなしといい、現実の世界からはかけ離れたイラストだとは思いますが、参考までにアップします。

柳田国男はかつての日本女性は外股だったという意見。
ビゴー素描集
に出てくるリアルな明治女性達も、つま先を外に向けて大地にがっしり立っています。


■さて話しはとびますが、戦争をはさんで、戦後の着物。

古い雑誌を集めている方なら御存知と思いますが、 洋服にしろ着物にしろ、立ちポーズには時代ごとに流行がありますよね。「二枚目俳優が埠頭で片足をチョイと上げて立つ」みたいに。

左は1954年のファッションショー(演出総指揮が伊藤道郎、舞台装置が河野鷹思)。右は1960年の着物雑誌のイラストです。

1951(昭和26)年の雑誌(宇野千代さんによる「スタイル」の着物特集)には「和服を着るとどう歩いてよいかと神経を使ふ、と言はれることがありますが 昔の様に日本髪で裾をひいていた生活の時代はともかく現在パーマネントで着る和服の歩行は、洋服そのままにと申し上げて 差し支えないと思ひます。」という記事がありました。


1954年(昭和29年)の映画雑誌より。 つま先が外を向いています。


■と、こんな観じでいくつか写真やイラストをあげてきましたが……
どれも芸者やモデルや女優など、完全に“夢を売ること”を使命とした、浮世離れした姿ばかり。
(みんなが着物をきていた時代というのは、カメラやビデオが普及していない時代。つまり一般 の人の自然なスナップ写真や映像が極端に少ない時代なのです。

日常生活のほとんとが人力で行われていた頃…国民の大多数にとっては、何よりも自分の全力を無理なく出しきれる「つま先の向き」が大切だったのかもしれません。ちょうどスポーツ選手が無駄な動きをしないように。もちろん今は、着物で全力を出す必要もないし、着物に求められる役割もまったく違うので真似することはありませんけれど!

  

オハイオの大学のサイトから。 1950年前後の漁村です。体脂肪率低そう。

■はてなダイアリーで、【しぐさ】について、時々書いています。


■その後、70年代・80年代・90年代と着物を着る人は激減し、着物は主に、冠婚葬祭と、接客業の人、演歌の人、伝統芸能の人などの衣裳になりました。


ほんの何世代か前まで、365日・24時間、全員が着ていた着物なのに
ある時期を境に、日常生活から遠く、遠く遠ーーーくかけはなれた麗しい状況で着られるようになったのです。「親・祖父・祖母の普段の着物姿」を生まれてから1回も見たことない世代も増加しました。


背の高さや、肌の質感が生まれつき十人十色のように、足の形やつま先の向きも、人それぞれ。

「みんなちがって、みんないい」(金子みすゞ)


カラダには他人が外からは見たのではわからない、いろいろな事情があったりもします。


もともと内股っぽい人もいれば、もともと外股っぽい人もいることでしょう。 (私の伴侶♂は内股気味です。)

 

以下、物理学者・寺田寅彦の随筆集3巻「手首の問題」より、チェロを弾くときの関節可動域について書かれた文章を引用します。

ところが、手首にもやはり人によって異なる個性があるものだという事実を偶然な機会に発見した。
(中略)

先生には、最も自然で無理のない手首の姿勢が弟子の自分には、非常に苦しい、無理な、むしろ不可能に近いものになるのであった。

しかし、その先天的の相違を認めてもらって、それ以外の要領を授かれば、結果 においては同じ事になってしまうのである。 それで先生は弟子の手首の格好を見ただけで弟子をしかるわけにはゆかない。


どうか多くの人が「先天的の相違」の存在をみとめ
無理なく楽しい着物生活(持続可能な)を送れますように!



つま先が内にむく A子さん、つま先が外にむくB子さんが仲良く写 真におさまっています。この本から拝借しました)



戦時中の写真。東京の下町です。うしろのお姉さんは飾り気のない笑顔で、運動神経良さそう。
つま先を外に向けているのは、お姉さんのキャラにあった立ちポーズに見えます。 (「一銭五厘たちの横町から」 )


 

■21世紀になっても、着物の時代のアダっぽい「姐さん」の遺伝子は、子孫にキッチリ受け継がれている?

これは21世紀のSEVENTEEN(集英社) 【男子イチコロ・モテしぐさ 50】という特集です。
男の子にモテるためのしぐさ50種類のトップに来るのが「待ち合わせの時は内またで、かわいく立ってる」というもの。
そして50種類の最後にくるのは「電車の中は内また座り」

内股にはじまって、内股でしめくくられる「モテしぐさ 」の記事。

(日本のファッション誌の内股率を調べた人達



■外国人の疑問。 Why do so many Japanese women walk pigeon-toed?
これを日本語訳してあるページ

“多くの日本人女性が内股(Pigeon-toed)で歩くのをみましたが、 これは日本の出生率の低下と関係があるのですか? ”


しとやか・楚々としていられないライフスタイルについて


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