【しとやかにしていられないライフスタイルについて。】


これは「天二物を与えず」という題の絵です。

左のお嬢さんの正体は不明ですが、宝石が胸元にも指にもピッカピカ。金持ちそう。
踏みそうなほど長い着物を着て、極端な内股。

一方、右の薄幸の美女(松本零士風)は、短い着物を着て、内股ではありません。
下駄はすり減り、めくれ上がっています。

みんなが着物だった時代は、“人力”が命の時代。
歩幅は狭く、動作は小さく、といっていられない時代。

もちろん、今は電化されてるし、着物に求められる役割もまったく違うので
わざわざ右の美女の真似をする必要はないけれど♪

ただ歴史上、両者の人口比率を考えると、右のタイプが多数派で
左のタイプ(肉体労働をしなくていい身分の人)は
ほんの一握りの人に過ぎなかったんだろうなあ〜、 という想像はつきます。

多くの人が、右タイプ(あるいは、もっと質素なスタイル)の ご先祖様をもつのでは?


ところが、かつて写真は贅沢品でした。
右の美女は、どんなに大量に存在したとしても写真に残りにくいのです。
(抒情画のテーマにもなりにくいですね)
画像がないと、とかく「存在しなかったこと」にされてしまいがち。




こちらは、戦前の超・上流階級向け雑誌に出ていた深窓の令嬢。
令嬢や、美人芸者、美人女優の写真や絵は後世にドッサリ残る。
そして、着物イコール、浮世ばなれした衣裳、というイメージが出来上がる(?)



↑しかし日本の長い歴史の中で満ちあふれていたのは、写 真に残りにくい、 こっちの姿だったのではないでしょうか? これは大正時代、外国人が撮った少女です。つま先は90度くらい外を向いている。「農村では誰もが働き手だった」という説明文がついていました。大正時代の日本の一般 人は、わざわざ撮らないし(←見慣れた姿だから)、撮れない(←写真は貴重だから)光景では?

(岩波書店「日本人のふるさと」は、高度経済成長以前の重労働の様子が沢山紹介されている写 真集です。また戦前の昭和の日常着の様子は木村伊兵衛の本などにも

↑あと、こういうのとか。



↑こういうのとか。


歩いている写真も、なかなか無いですよね。
キモノの不幸は、一般人が動いている自然な映像が皆無に近いこと。
明治の絵はがき。けっこう大股ですな。場所は赤坂見附。

北斎の描くこんな着物姿もリアル!時代劇には出てこないけど。

以上、こんな着物姿もあったっていうことで、話しのタネにどうぞー


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