【大阪の人々】

昭和5年、大阪のカフェテリア(戎橋の南海食堂)です。 自分で食事を運ぶのに戸惑う友人を 「 これが、米国で大流行のカッフェテリア式食堂さ 女給にチップも要らないし、文化的で経済的だ 」と説得中。

昭和20年ころになると、カッフェテリアはもっと進歩するな。 食堂の横 には畑や牧場があって、客が喰うだけの材料を 畑から抜いたり、牧場から牛を引き出してくるようになる。 そこで、料理は徹底的に安くなるね」など、 気楽な未来予想図を描く昭和初期の青年達☆

しかし、この絵からたった15年後の昭和20年の日本は、一面 の焼け野原。御存知の通り、彼らの予想とは全く違う展開に……。


この絵の作者は大阪出身らしく、大阪を愛情いっぱいに茶化しています。これは、この街のお洒落傾向を描いた絵。

皆さん「ムサクロシクも亦、古ボケた」下駄を澄まして履いているので、市役所の衛生係が消毒した上、焼き捨てようとしているところ!! 〔もちろんフィクションですよね〕

「足などというところは人の目に触れない部分だ、従ってここを飾って見たトコで所詮、無用の努力だというのらしい。」

お洒落は足元から!といいますが、なーんだ昔の人もいい加減だったんじゃない、と、少しホッとしてしまいます…


大阪の公衆トイレ。繁華街にあるのに窓が開いているため、歩行者から丸見えです。

建物の下から謎の液体、苦笑して通り過ぎるハンチングの人…。作者(←大阪出身)は「まあ何と云うモダンな、 まあ何と云う文化的な構造なのであろうか」なんてからかってます。

現代、着物というと、チリ一つ落ちていない「和の空間ッ」を背景にした写 真が主流ですが、こういう愉快な状況の着物写真もあったら楽しそう。ここまで愉快じゃなくていいけど(笑)


オジサン拡大。「コラ!見るなー!」


【着物の時代は、匂いの時代】

お食事中の方はあとで読んでくださいね。

映画『パフューム 〜ある人殺しの物語〜』の、グルヌイユ君(超人的な嗅覚の持ち主。良い匂いも悪い匂いも一生懸命クンクン嗅ぐ子)は、この光景↓↓に耐えられるかな?


以下、昭和初期の大阪の描写です。「大阪の共同便所で代表的なものは、東洋のハイド・パアクであるところの中之島公園と、東洋のブロードウェイである千日に所在するトコロのものだ。

共に、四五軒四方にも液体が流れ出して、フクイクたる芳香を漂わせているというスケールの雄大なものだから、是だけは、本家本元のハイド・パアクにもブロードウェイにもあるまいから、我が二百万の大大阪市民諸君は、近代的大阪市の名物として、広く全世界に誇っても差し支へないのだ。」

殊に千日前のそれに到っては、雑踏の人並みの下を、遠く民衆娯楽の殿堂と称する常設万歳館の三共クラブの前までも液体が流れだし、雨の日には雨水とともに流れて地元の地形の高低を明確に表示し、晴天の日には撒水の代りとなって埃の立つのを防がふといふものもだから実にタイシタしたもので…」

↓↓トイレにかけこむハンチング帽の人が、着物のすそをまくって、ヒョイヒョイと液体を踏み越えているのが可笑しい。

■鏑木清方も、“銀座の汁粉屋の窓が、ちょうど向かいの「寄席の便所」に向き合っているので「その臭気に閉口した」”と書いていましたっけ。(「明治の東京」より)。臭気は鏑木画伯の描くはかなげな美女達にも容赦なかったことでしょう。

■着物の時代は、汲み取りの時代。
1950年代、日本にいたアメリカ人達がカラーで撮影した、honey bucketのバリエーションを御覧ください。
この牛がひいている荷物は……。日本人はきっと撮りたがらない光景です。


以上

 

 

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