表紙


着物の出てくる映画って、かなりウェットっちゅうか 、女・サガ・情念・激動・耽美・妖艶・退廃・絢爛・夢幻、みたいなものが多いですよね…。(小津映画とか、60年代コメディを除く。)

かつて、私はそういう映画にすっかりハマっていました。そして、「情念で妖艶」な着物に憧れていたのです。このサイトからは想像できないかもしれませんが(笑)。

今はその時の反動で、カラリとした着物に惹かれています。近い将来「さりげない着物姿の女子」が大活躍する映画が、出来ますように



ところで、この画像は、JRのポスターです。30代女性がグループで旅行すると割引アリ…のような内容だったと思う。ふつう石畳の街を歩くのならスニーカーだし、30代女性3人がそろって純白のドレスで旅行、というのもありえない。

で、何を言いたいかというと、映画に出てくる着物は、このポスター並に非現実的なものが多いということです。映画のパーフェクトな着付けや、美しい動作は、このポスターのレベルという可能性が。

私たちは、昔の素人さんのナチュラルな動画を、見ることはできないんです。
永久に(涙



「明治の日本」 女は二度生まれる
「ALWAYS 3丁目の夕日」 「祇園の姉妹」
「木更津キャッツアイ」     「妻として女として」

「007は2度死ぬ」  

「スカパーで1960年代着物を」

「愛のコリーダ」

「ウーマン ラブ ウーマン」

「洲崎パラダイス・赤信号 」

「淀川長治物語 神戸篇 サイナラ」

「帝都物語」

「ツィゴイネルワイゼン」

「卍ベルリン・アフェア」

「あ・うん」

向田邦子ドラマ 「陽炎座」

 

 

「明治の日本」(明治30年から明治32年 フランス/リュミエール社)

■映画じゃありませんが、明治の日本の街をうつしたフィルムです。京橋のフィルムセンター7階常設展で見ることができます。

都会の雑踏が映っている部分は、合計で5分くらいでしょうか。明治の一般 人の歩く姿というのはたいへん貴重。そしてそれは、時代劇の人工的な美男美女の歩き方とはかなりイメージが違うものでした。

まず目につくのは、着物のスソが広がってスカート状になっている紳士 。

正面から撮影されたご婦人達は、足を腰幅に開いてテケテケ歩いています。(つま先は内股ではなく、平行)

■女性の歩幅が広いという印象も受けました。彼らの着物は、いわゆる“裾すぼまり”ではなく、 《スソの円周が長い!》

つまり《スカート部分の容積が大きい》感じ。 ゆとりのあるスソの中で、足を大きく動かしているのです。(画像は明治の絵はがき。ちょうどこんなふうに都会を歩いている映像だった。)

そして荷物を背負って“前のめりの大股”になっている女性が多い!ゆうパックもなく、タクシーも無いのですから自分で運ばなくてはね。現代の着物の教科書本には決して存在しない“大きな荷物を背負った時の所作”が見られるわけですな。(今、わざわざマネする必要はないけれど)

■あと、男性達の姿にも注目。当時の人はかなり小柄だったはずなのに、着物や半纏姿のせいか現代人よりずうっーと足が長く、スラッとした印象なのでした。

 

 

「祇園の姉妹」(昭和11年・溝口健二)

「祇園の姉妹」という題名に、情念系映画の予感がしますが、そんなことは全然ないのでご安心ください。

芸者の“おもちゃ”役、山田五十鈴さんが、「マンハッタンラブストーリー」の赤羽ちゃんっぽいのです。赤羽ちゃんの演技が好評だった理由として、キョンキョンの厚木ヤンキー時代が透けて見える…というのがあるそうですが、山田五十鈴さんも、何かが透けて見える素晴らしいビッチぶり。

彼女は、常にガツガツと策略をめぐらせる芸者で、小金持ちのオジサンにしのび寄る様子は完全に食虫植物。

おもちゃサンの美貌をもってすれば、黙っていても幸運をつかめるような気がしますが、そうならないのは「木更津キャッツアイ」で岡田准一や塚本高史が“あの顔”で冴えない生活をしているのを同じでしょうか。

山田五十鈴さんは、ほんとうに↑こういう系列の顔。たしか中野翠さんがアンナ・カリーナのことを、「イラスト顔」(イラストでしかありえない顔のこと)と書いていましたが、山田五十鈴さんは日本版「イラスト顔」。細面 なのにふっくらしていて、鼻筋がスッと通って…。今の流行じゃないけど。

「祇園の姉妹なので、お姉さんも出てくる。このお姉さんが美人じゃないのが嬉しい!

というより山田五十鈴さん以外の登場人物がみな変な顔!昔の映画にありがちな鬱陶しいハンサムが一人も出てこないのが非常に良い!!(画面 が美しい人だらけだと胸焼けしません?市川崑の「日本橋」とか。あれはあれで素敵ですが)

お姉さんはこのマーク↓↓のような顔なんです。

お姉さんは妹と違って、人情あふれる芸者。御世話になった男性に尽くしまくり、そのイチャイチャ具合が実に愛らしいのです。ボーっとしているようでも、クライマックスシーン(男の元に荷物をまとめて出ていく)では、商売上の歩き方ではなく、外股の大股でバーン、と歩くお姉さんなのでした。

■山田五十鈴さんが、洋装・和装・洋装・和装、とかわりばんこに衣裳を変えます。

洋装の時、非常にスリムなのですが、着物姿でも細さ・しなやかさ、をそのまま保っているのが現代と違うところ。今は、スレンダーな女優さんが着物ではドラム缶 のように補正されてしまうけれど…(例・大河ドラマや日経●となのOFFの表紙など)


 

「ALWAYS 3丁目の夕日」(2005・カラー)

ALWAYS 3丁目の夕日は(ストーリーは個人的に非常に苦手だった)着物のお手本に“ならない”映像という点である意味スゴイ!と思いました。

もし戦前に生まれた監督やスタッフだったら、“印象に残らない着物”を登場させることは朝飯前。雪国生まれの人が大雪の日に転ばないように、大阪生まれの人が大阪弁を話すように簡単なことでしょう。

しかし、日常着物が消えかかった時代に生まれた監督にとって、“印象に残らない着物”というのは意外と大変だったんじゃないかなあ。

着物はどんどん出てくるけれど、どれも「お着物」じゃない。割烹着をつけたり(こういう感じ)、どうでもいい感じの羽織をきたりして、ノタ ノタ・ モソモソ 歩いている。まったく印象に残らない。そこがリアルです。現在の洋服でもそうですが、一般 人の大半はノタ ノタ・ モソモソしていてまったく印象に残らないもんですよねー

難を言えば、淳之介くんのお母さん(一瞬しか出てこない)の着付けがピシっとしすぎて、いきなり21世紀だったことかなあ。


これはALWAYS 3丁目の夕日ではありません。昭和40年代の特撮映画です。エキストラにノタ ノタ怪獣から逃げる着物姿がうつりこんでる。

 

 

「女は二度生まれる」(1961.川島雄三・カラー)

着こなしのお手本にならないかもしれませんが、めちゃくちゃテンポがいいので古い映画の苦手な方に〜

九段の芸者・若尾文子さんが、売春防止法に引っかからないよう用心しつつ、“薄暗い座敷のつとめ”に励む映画。宴会のあと、別 室に布団が二組用意されていて…

自由恋愛を装うため、 浴衣の下に洋服を着こんで出かけるテクニックや、摘発された時に備えて相手の名刺を必ずもらう様子などを見ることができます。(朝帰る時は、ワンピース姿で警察に見つからないように、そっと、そっと。)

オープニングに艶やかな襦袢シーンがあり、「うっ、ベタな和のエロス?」と引いてしまいましたが、そのあとは全然平気。エロスなんですけど、「キャバレー」のライザ・ミネリが、元気いっぱいに男性遍歴を重ねるのと同じ様な感覚で楽しく見ることができました。

夜のお相手として精力絶倫な風貌のオヤジが続々と登場。えらく消耗しそうなメンバーですが、何人のガハハオヤジと寝ても若尾文子さんのマシュマロほっぺは健やかに輝いたまま。目の下のクマなんぞとは無縁なのです。これは肥満大国の映画女優が中年になっても少女体型を保っているような、美のドリームでしょうか?

九段の花柳界は「軍人によって大きく手軽に育った土地」だそうで、昭和4頃は、神楽坂の芸者が150人いたのに対して、九段は385人いたとか。(参考・「新版大東京案内」)

 

 

「妻として女として」(1961・成瀬巳喜男・カラー)

“童顔に似合わず渋い趣味”の貴女……
「妻として女として 」
の高峰秀子さん路線の着物はいかがでしょうか。

「愛人」「夜のお店経営」という役柄でありながら、ポヤーンとした丸い顔(と、顔から想像できないスリムな体)。そして着物は無地感覚のシンプルなものばかりです。もし着物に織り模様が入っている場合には、帯が無地。

大人しいコーディネートなのに、真面目すぎず・老けすぎず、ちゃんと大人の女の雰囲気が出ているのがよい感じ。

(ただ、ヘアスタイルには共感しにくいかも!髪をガッチリ固める時代なのでね)

高峰秀子さんは、ご本人曰く「土臭い」顔立ちで「目鼻立ちも控えめ」(こういう顔)。華やかな着物は全く似合わないので、無地に近い着物しか持っていないそうです。

また、すでに少女時代からオバアサンの着るような地味な着物を買い、呉服屋さんを驚かせていたとか。もう、筋金入りの地味好みですね。←「コットンが好き」(文春文庫)より

現在、美人女優さんがシンプルな着物を着ている写真を沢山、見かけます。
でも、高峰秀子さんの着物姿とは、説得力が全然違う…。高峰さんの着物姿には「このテの着物がワタシを一番きれいに見せてくれるのよッ!というより、他のは似合わないのよッ!」という気迫があるんでしょうねー。

 

 

「スカパーで1960年代着物を見よう 」 

着物といえば、1度着たらピクリとも動かない静止画像(あるいは逆にスソを乱れまくりの妖艶画像)、というイメージがありますが、スカパー「日本映画専門チャンネル」では、日常生活の中でふつうに「動く着物」を見ることができます。

月極の料金で気楽に見ることが出来るのはありがたい。

例えば、着物姿の沢村貞子さんが、部屋の中を走りまわり、足で物をどかし、常にモグモグオヤツを食べてるという、映画とか。(「人も歩けば」1960年・川島雄三)等。

これは極端な例かもしれませんが…

スカパーの日本映画専門チャンネルについては、こちらにもう少し書いてみました。

 

 

 「007は2度死ぬ 」 (1967年・イギリス・丹波哲郎・浜美枝

生まれつきスラリとした長身・小顔の方は、それを生かして「007は2度死ぬ 」的、「エキゾチックな東洋美女」路線の着物は、どうでしょうか。

長〜い手足と、たっぷりの付けマツゲ。

「高速道路、洋酒、ビルヂング(こんなの→■) 」が似合う着物スタイルです。(「黒い10人の女」の岸恵子さん等もそういう感じですね。)

ただこの映画は、「あの」007です。出てくる着物も「年をとることを決して許さない文化」の香が!民族衣装ならではの良さ(ヨーダに象徴されるような、しわくちゃでもカッコイイ感じ)は少ないかもしれません。

「007は2度死ぬ」は日本人なら色々な意味で笑えます、007シリーズの苦手な方もぜひ!


1961年「黒い10人の女」プログラム。クリック

 

 

 木更津キャッツアイ   2002年テレビドラマ・2003年映画

雑誌の着物特集で頻繁に見かける「着物をきるとしゃんとする」「気持ちがひきしまる」「凛とする」的な言葉。

素朴な疑問なんですけど……、こういう表現は一体いつ頃からはじまったのでしょうか。

少なくとも365日、24時間着物を着ていた時代には成り立たない文章でしょう?

木更津キャッツアイは「呉服屋の息子役」が、普段から着物を着ているという設定ですが、「着物をきると気持ちがひきしまる」感がゼロという点で、非常に珍しい作品だと思います。

着物を崇高なものとして扱うのではなく、「単なる勝負服。だから合コンに着ていくのだ」という捉え方。和風や着物を、過剰にリスペクトしていません。

「呉服屋の息子役」は、特にデートの時に着物姿になるのです。こういうふうに、イベントに気合いを入れて着物着るっていう心がけが可愛いぢゃありませんか。

そして意外にもあまり「着物姿」に見えない。ゆるい洋服でもきているのかな?っていうシルエットで、仲間達にとけ込んでいます。「着物でも、周囲にとけ込んじゃう」っていうの、いいですねえ。


追記・木更津キャッツアイ 映画版のメイキングを見ました。その中でバンビ(呉服屋の息子)が、もし余命半年なら「モー子とブータンに行きたい。だって、ブータンはいつも着物みたいの着てるんだよ!」的なことを言ってました! 「木更津・ブータン・着物」で検索すると確実に1位でヒットするであろう 着物イメトレ部屋にとっては、なんとも嬉しい発言!! ちなみにこの時、ぶっさん達は「ブータンって何だよ!」「ブータンって国かよ!」と騒いでいました。 ブータン旅行記はこちら。

 

 
「淀川長治物語 神戸篇 サイナラ」の 勝野雅奈恵■大林宣彦監督・2000年    

 あとからあとから、「アンティークっぽい着物と・棒読み少年」が 出てくる映画です。その中で芸者の「よど丸」役の女優さん(勝野雅奈恵)の着物姿がちょっと気になりました。「ブルー・ベルベッド」のイザベラ・ロッセリーニのように、まったりと、崩れた感じなんです。

 大体、世間で着物美人というと、高島礼子とか、羽田美智子とか、「卵型の顔で万人受けする女性」のイメージがありますよね。

しかし、「よど丸」役の女優さんは、しっかりとエラがはり、 眉毛も太い。ダリアの花のような、ちょっと暑い感じの美人です。たぶん昔はこういう人、多かったんじゃないかな。子どもをたくさん産みそうなタイプ。

 ムア〜ッとした雰囲気の女優さんだから、三十路前後の熟れたお年頃?と思ったら、 ビックリ!!映画製作当時、まだ10代だった、とのこと。 その、大人っぽさの秘密は、多分ママの遺伝子にあります。 (パパの姓は、勝野、ママの姓はパッチワーク中島、です。おわかりですか?)

  芸者淀丸の相手役、ガダルカナル・タカも着物とハンチング帽の組み合わせが 似合いすぎです。

 

 
「愛のコリーダ」の松田英子 ■大島渚監督・1976年   

 映画のストーリーの性質上、ヒロインは常に着物がめくれたり、襦袢姿になって クネクネしています。  

しかし、主人公サダは普通にキチンと羽織りを着ているときも、 柳の木のように「くねくね・しなしな」としています。 きっと骨の細い、背丈のありそうな人だからシナシナ感が強調されるんでしょう。

 ほら「松の木に天女が薄ーい天女ドレス?を ひっかけておいた・・」 みたいな昔話がありましたよね。 サダは ああいう綺麗な布キレを空気をふくませて、そっと着ている イメージなのです。

(「骨の細い人が、ふわっと着ている」のは、現在の正月番組では決して見ることはできません。よりすぐりの華奢でしなやかな女優さん達が、ドラム缶 みたいに固く着せられていて、とってもお気の毒です。)

 また、サダの髪型もいいのです。 低い位 置のまげに、珊瑚のかんざしをスッとさした、非常にシンプルな髪。 サダがアップになった時の顔は 好みが大きく分かれるところかと思いますが…

 

 

「洲崎パラダイス・赤信号 」 ■川島雄三監督・1956年

 生きた着物姿を沢山見たいのだったら40年以上前の映画を沢山見る方が いいのでしょうが、実は私、それが苦手なので困っています。当時、銀幕の中で輝いていたスタアの、「今」を想像すると複雑な気分になってしまって。

 「洲崎パラダイス・赤信号」はそんな私が 無理矢理、フィルムセンターで見た映画です。素敵な着物姿を見ることが出来たので 良かった。

ヒロインの新珠三千代さんが、徹底的にスラリとして頭身がありました。 ( 徹底的にスラリ着物の例

 昔の映画の「スラリとしたお転婆役」の人って、今の基準で見ると わりとズングリしていることもあるけれど、 新珠三千代さんは、本当にスラリとしています。

  顔も、ちまちました昔っぽいところが全くなくて、 「岸田今日子さんのようなお魚正面 顔系・細オモテ」でした。新珠三千代さんがしなやかなカラダに、よーく馴染んだ着物を着て、死ぬ ほど身軽に動き回るのです。階段をかけあがる素早さなんて、普通ではありません。音速っていう感じ。

ちょっと自堕落な役なので 一挙一動に、はすっぱな色気も漂っています。 いやー、本当にサッパリした着物姿でした。日本映画と 川島雄三監督についてはこちらがとっても詳しいです。→→サダナリデラックス


「帝都物語」の原田美枝子   ■実相寺昭雄 監督・1988年

帝都物語の原田美枝子さんは巫女でありながら 有事にそなえて世間に身をひそめている、という設定。たぶん。 訓練されたスパイが一般人にまぎれこんでいるときに出しそうな 「なんかこの人、地味だけれど、普通 の人と違うぞ」という 禁欲的なオーラ、 そんなオーラを彼女もふりまいています。

だから一般的な格好でありながら、主婦でもお嬢様でもオミズでもない 独特の感じなのです。 大体、渋い色の着物を着ていますが、 つねに大きい鼈甲のかんざしをさしていて それが華を添えている。

この映画、ラストがとっても素敵なんですよ。いい意味で安っぽくて。J.シュトラウスの「こうもり」序曲の流れる中、 人工のケバケバしい桜吹雪が舞い、 坂東玉三郎 がクネクネ走り 、宍戸錠が、地下鉄(銀座線)の開通 式に立ち会うのです。何だかよくわからない、チャチな目出度いエンディング。 滅多に感動しない私も、その日本的?華やかさに、どっと涙がでました。

 

ツィゴイネルワイゼン」の大谷直子  ■鈴木清順監督・1980年

 大谷直子さんは、かつてキャベジンのCMに出ていたエラのはったひとですが 鈴木清順の映画では、神秘的な美人として登場しています。

着物を脱いだシーンで大谷直子がとても痩せているので びっくりしました! えらのはった大谷直子さんが着物をきて、さらに羽織まではおると けっこう太って見えるのです。 同じことは、「それから」(森田芳光監督)の藤谷美和子さんにもいえます。 体は痩せているのにっ!

(逆に真野響子さんは洋服の時 首の短い感じが強調されますが 着物で髪をアップにすると、たいへんすっきりして女神様のようにキレイ。)

またこの映画では(この映画に限らないかもしれないけど) 原田芳雄の超むさくるしい着物姿をみることが出来ます。 彼の着物を洗濯してしぼったら濁った水がダーっと出そうです。

 

「卍ベルリン・アフェア」の高樹澪 ■リリアーナ・カバーニ監督・1985年

高樹澪さんといえば、きれいだけれど、どこか寂しいイメージのヒトです。
「新宿の広大な地下街。その一角の化粧品屋で働く生理不順の売り子さん」的な。

しかし この映画では違います。高樹澪さんが、美しい辻村ジュサブロー人形に変身!
くすんだ色彩の優美な振り袖が、青黄色い顔に この上なく馴染んでいます。

 それに、着物ってけっこうボリューム出るでしょう?
華奢な
高樹さんでもヨーロッパの重厚な建物にも負けないくらい豪華なんです。

 

 

「あ・うん」 の宮本信子      ■ 降旗康男監督・1989年
 あうん の宮本信子さんは昭和初期の有閑マダムの役です。 赤っぽい着物や羽織を コテコテ・モソモソ重ねている様子は女らしくて適度に野暮ったい。髪型も、素朴なまとめ髪でいい感じ。 ジョンレノンのような小さな眼鏡も着物姿にぴったり。 最高です。

あと共演の冨士純子さん(今、こういう字ですか?)は 普通 の主婦の役で、地味な着物を着ていますが、スレンダーで凄みありすぎ。1ミリも主婦には見えないのが笑える。

 

かつてのお正月・向田邦子ドラマの田中裕子

 まず髪型が素敵でした。 非常に多い髪の毛を、三つ編みにして頭に巻き付けた素朴なアップ。 三つ編みだけで軽く700グラムはありそう。

ムースなし(に見える)!かんざし無し! どうやって髪をアップに固定しているのかしら? そしてこの髪型のまま、洋装もしてしまうのです。 黄色人種ならではのつやつやした頬に 後れ毛が、かすかーにかかるのも、アイメイクをすっかり放棄したように見える化粧も美しい。

着物は、少し肥えた体にもそもそと着ています。 小豆色の着物に、大きな牡丹の柄の帯などしめた様子なんかは 素朴ななかに華やかさがあり、とても綺麗。

帯板を入れていないのが家庭っぽくて良いし、水仕事をするとき袖口から、ぶっとい手首がでているのも 着物なら愛嬌があります。 (Tシャツ姿ならぶっとい手首は、きっと可愛くないでしょう。)

田中裕子以降、うすい顔で変な色気のある女優さんが大勢出てこないのが不思議でなりません。モデルさんでは、時々うすい顔の人が出てくるけど。でも、田中裕子さんみたいに国民的な人気者には……ならないんですよね。

ところで、私は向田邦子ドラマに出てくる、お母さん役の女優陣がとても苦手です。主人公の田中裕子が土気色の顔で昭和初期になりきっているというのに、お母さん役はファンデーションやヘアスプレー、白髪染めのケミカルな香が充満しすぎだから。

 

「陽炎座」の大楠道代              ■鈴木清順監督・1981年

 大楠道代さんは「ヘビ女」という感じで 湿度の高い色香がある方。 彼女のあでやかな着物姿を 無駄に格好いい背景が (←大金持ちのコッテリ和洋折衷建築のお宅とか、素敵に苔むした石段とか)が  ひきたてています。

目の下にゴルゴ13の斜め線がしっかり入っている、疲労顔の大楠道代さん。(ジャンヌ・モローやベニシオ・デルトロのように、 それが性的な魅力につながるのでしょう)そんな顔に不釣り合いな、若めの華やいだ着物をきているのも、エッチです。

疲労顔の人は、 白いシャツなんかを来て無理に爽やを演出するよりも、 着物をきていた方が おさまりがいいですよねえ。故松田優作の着物姿(手足が細長すぎ!)も見ることができます。

表紙