「鮎漁のおやぢ」、
多摩川でふんどしを洗うの図。


■「しぐさの世界・身体表現の民族学」野村雅一著をパラパラっと。

明治10年、博物学者エドワード・モースが来日したとき、 日本に半裸の民衆(フンドシだけの男、腰巻きだけの女)が多いのに驚いたこと…が書いてありました。

当時の民衆は半裸でも、行儀がよく礼儀正しかったのだそうです。
ゴーギャンのタヒチ、みたいな感じ?よく知りませんけど…

アメリカ人のモースにしてみれば、
「半裸」と「礼儀正しさ」の両立が、 すごく不思議だったらしい。

明治になってから
「西洋人の目をおそれて」
裸体禁止令が出ました。

たぶん、21世紀の今も、おそれ続けている。
酷暑の背広にソレを感じる。

しかし。 「西欧の習慣になじみにない一般民衆にとっては裸を恥じるいわれはなく」、衣服で身体をつつむのが一般 化したのは、明治30年頃なのだとか。 (ホント? )

この本を信じるならば、時代劇では一般人役の半裸率を高くした方がいいのでしょうか。

ケインと照英がギューン!ギューン!さあ、筋肉のお祭りだ!

福沢諭吉(←一応、武士の子)の自伝にある“大阪の塾で、諭吉とクラスメイト達が、フンドシ無しの全裸で勉強していた”的なエピソードも、かつては特に珍しいものじゃなかったのかもしれません。現代の人と裸体の捉え方が違ったのではないかしら。

ではなぜ、そんなにも薄着だった民衆が、しっかり着込むようになったのでしょう。
この辺がキッカケのひとつ?)

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