2005.3月

表紙

 


天然パーマ気味の小説家。浴衣の胸をはだけ、太い万年筆を持って。
この時代は天パーでも、おでこをマルっとむき出している人が多いようです。 俳優の白井晃さんふう髪型。



ブータンの子供は、制服も民族衣装。この子は将来、別 嬪サンになるでしょうねえ。
女生徒のカフス(?)は、非常に鮮やかな色が多かったように思います。
着物っぽい国ブータン旅行記はこちら。


 


昭和初期、洋服のお買い物。
足の長いお嬢さんは「私には、短すぎるわ」といい
ふくよかなお嬢さんは「細すぎる服ねえ」などと言っています。

当時、銀座を歩く女性の99パーセントが着物だった状況→●を考えると
洋服ならではの「サイズの悩み」は、この絵が描かれた頃にはじめて
生まれたのでは? (上流階級の方は、別として。



■カッフェの女給さん。昭和初期の大阪です。
「近頃、日本の都会で激烈に繁殖するものは、結核患者とカッフェ 。
棟割り長屋でも、畳を取って土間をムキだし、古道具屋仕込みの椅子テイブルをゴロチャカ並べれば
もう、立派なカッフェに化けおおせるんだから」という説明文がついていました。

この絵では、客が飛び込むと番に当たる 女給さんの名を
「百合子さあん、ゴシンキー っ!」と高らかに呼び上げる様子が描かれています。

「百合子さん」のチェックの着物が可愛いですね。
寺島令子さんの漫画を思い出します。(目が真っ黒)

カッフェの女給さんの絵はこちらにも。



■浦安です。「深川の高橋から1時間で行けるところにで、こんな漁師町がある。
網を干す舟、いくつもある橋、家並みなど遥か東京を離れた感がする。 」

かつての日本は、こういう着物姿が多かったのでしょうねー。いわゆる「お着物」の人の割合が少なそうっていうか。

昭和27年ごろの「うらやすの町の様子」
“街中には貝がらがまかれ、歩くと砕けてシャリシャリ音を立てていました”

 


昔、偉人が壇上で演説する人が使っていたような、コップ付き水差しを購入。 新品です。神保町の交差点にあるスーパーで、懐かしい 水差しが なんと5.6種類も売られていたので、物欲のない私も買ってしまいました。 (しかも、値下げ品で1.000円だった)

こういう再利用可の容器を見ると、なんとなく 「花様年華」や「2046」の気分に浸れます。
「花様年華」、「2046」は、1960年代の香港が舞台なので 使い捨て容器が見あたりません。
可愛い 魔法瓶が大活躍しているのです。




真夜中の弥次さん喜多さんの出ている雑誌をちょっと読む。「おぎやはぎ」のお2人はめがねのまま出演するようですが、着物似合いすぎ。特におぎさん!

■上の絵、ウルトラの母のような日本髪です。