2004.9月

表紙

 

昭和12年頃の乳母車写真。詳しくはコチラ。


すし屋さんにて。紳士たちの袖口からニットっぽい腕がニョッキリと。

羽織の男「二人で13食って、12しか食わないって1つごまかしてきたぜ」
インバの男「そいつあよかった。ところで君はいくつやったんだい?」
「俺は6つだ、君は7つだろう?」 「いや、俺は5つしか食わないよ。隣にいたやつが、俺の手の下から2つとりやがったんだ」 「あ、こりゃいけねえ。亭主に一つごまかされた」】

一応、この絵は「キモノで和の空間」ですけど、今の雑誌の和特集みたいに「しゃんと背筋を伸ばして粋に・いなせに・江戸情緒に」という呪縛がないのがいいなあ。

インバネスを着た人を「インバの男」というのですね(笑)羽織や、インバネスの男はこちらにも。


祖母です。私の家は、外股・大足・天然パーマの家系なんですー

祖母は大正元年生まれ、身長が165センチと当時としては珍しい長身なのでアップしてみました!(祖父の撮影による昭和13年頃の写 真です)。他には、こんな写 真もあります。

波打ちぎわでガシガシ遊ぶ、超・超・骨太の祖母。

■娘時代も外股で男顔。(笑) 植田正治氏の写真にも、祖母みたいに、ボソッとした立ち方のお母さんを発見して、嬉しい。

■今和次郎の調査によると、全員は着物の時代にも 外股の人はけっこういたようです。詳しくはコチラ。


■着物が破れたソプラノ歌手。「歌手はあまりきばって、お尻の面 積が着物の最大限度を突き破った」とあります(笑)客席には、変な顔のモボモガがいっぱい!

■こういう着物のほころびを活用している女性の絵はこちら。


ブータンは皆さんが着物風の民族衣装を着ているのですが、おじさん世代はどんどん洋服を重ね着するので、もはや原型がわからない!原型はこんなふうなのに。

このオジサン、ジャケットの下からちょっとスカート状のものが見えていますよね?あれが民族衣装部分なんです。(後ろの方にオレンジ色の若人がうつっていますが、若い世代は重ね着せず、颯爽を歩いていました。)

こちらは日本の昭和8年。あめ売りのオジサンです。上の着こなしと似たものを感じます。着物がもう皮膚の一部になっちゃっている感じ。このシリーズの本より。


【西洋洗濯(クリーニング屋)さん、2パターンのお客さま。】

■派手好きな奥さんの場合

「派手好きな、芸者あがりのやうな 奥さんが最も良いお得意で、肌襦袢から足袋まで洗はせる。旦那のワイシャツはもちろん、靴下まで洗ひに出す。」

毎回、仕事をどっさり出してくれ、出来上がりにも文句を言わない。「こんな甘い奥様が5.6人あると洗濯屋は蔵が建つ」



■女学生あがりの女房の場合

「“洗濯屋さん、このズボンのしみ落ちないねえ、どこを洗ったの”と、さんざ小言を言われて洗い直し。 」

「女学生あがりの女房はしみったれで、仕方がないなあ。」このタイプの奥さんはワイシャツ・ズボン下、すべて家で洗ってしまい、時々、ズボンなど家で洗いにくい物を洗濯に出すだけなのだそうです。

最近まで着物というと、「粋筋の人から粋な着こなしを教わりましょう。」みたいな形になっていたけど、かつては堅物の倹約家女性もみんな着物だったわけで。



直接着物とは関係ない絵ですが、「汽車の三助」さんの絵。

【笹子、小仏のトンネルで真っ黒になった車体を洗い流して食っている人々だ】と説明がありました。

かつてみんなが着物を着ていた時代は、砂ぼこりやススが、いっぱいあったはず。だから時代劇であまりにクリーンな着物を見ると萎えちゃう。

「スターウオーズ」の1作目は、そのへんの「砂まみれ感」がさりげなく出ていたと思います。。ルークの柔道着風の服やオビワンの着物。どれも砂まみれでヨレっとしているのに、ちゃんと清潔感もありますよね。。。


「天二物を与へず」という題がついています。右の美女の着物は労働仕様でスソが短め。一方、左の着飾った人は、たっぷり長めのスソ。半襟にもキラキラしたものが輝いています。


 


■玉突き屋。お姉さんが不機嫌な顔をしているのは、このお客が新米っぽい手つきで今にも羅紗を破きそうだから。

玉突きのように「動き」のある店・西洋の香のする店でも、みんな、当たり前のように着物を着ていますね。