2003.2

表紙

2.28

■「着物っぽい服を毎日着る国、ブータン」のサッカーを撮ったドキュメンタリー映画「The Other Final」が渋谷のシネクイントで、3月1日から!

■大橋歩さんの「きものでわくわく」(マガジンハウス)に「着物は決してゴミ化しない」という文章がありました。これって、今の時代、大切なことかも・・。

大橋さんはベーシックなサンローランの服を買ったものの、流行遅れになってしまい、5年で着ることができなくなったそうです。

一方、着物は流行もないし、年齢に関係なく全部まっすぐな形。だから長〜く着ることが出来るし、もし自分に似合わなくなったら簡単に人にゆずることもできる、といった内容でした。(着物を含む、江戸時代の洗練されたリサイクル方法については「大江戸リサイクル事情・講談社文庫」を♪)

■男の子用の着物のお店があったらいいと思いませんか?もう、あるのかもしれませんけど。良心的な値段と、趣味の良い品揃え。店主イメージは中村獅童か、ケンタロウ(笑)←知識はあるけれどアタマが柔らかくて、着物も洋服も好きそうなタイプ?


2.26

平野恵理子さんの「きもの、大好き」(KKベストセラーズ)に描かれていそうなタイプのおばあさん。楽〜に着てます。着物は単衣の木綿、足袋はベージュ。

■大正生まれの女優、高峰秀子さんのエッセイ「コットンが好き」(文春文庫)は、普段使っている骨董品を写 真で紹介している本。着物アイテムの文章もいくつかあります。

高峰秀子さんはご本人曰く「土臭い」顔立ちで「目鼻立ちも控えめ」(こういう顔)。華やかな着物は借り着のようで全く似合わず、無地に近い着物しか持っていないそうです。

また、すでに少女時代から男物やオバアサンの着るような地味な着物を買って呉服屋さんを驚かせていたとか。(彼女の丸い童顔なら、地味な着物も可愛く見えたんでしょうね。)


2.24

■ガレッジセールの2年前のビデオを見ていましたら、「森三中」の背の低い人(村上)が「姐さん風?の設定」着物を着ていました。黒白の太い縞の着物に、白い博多帯といった感じの。

「姐さん風」着物は、スレンダー美人限定のものかと思ったら、徹底的に丸い人にも似合うのですね!意外〜。少しお相撲さんの浴衣っぽかったけれど、非常に勢いと清潔感がある着物姿でした。(2000年って「森三中」は、まだハタチ。そりゃ、勢いもありますね。)

■昔の大学生→→


2.22

■94才のおばあさんとお話しました。とてもアタマの回転が速いみたいで、何か質問すると、気の利いた答えがスグ返ってくるのです。最初に会ったのが4年前ですが、即答ぶりは相変わらず。すごい!「もう、いくさ(戦)はイヤだ」と言ってました。

■「着物のご先祖様ページ」更新してます。


今日のひとこと  2.20

■こちらの日記→→で知った「動物のお医者さん」ドラマ化! ということは「毎日着物を着ているハムテルのおばあさん」が見られる?

ああ、どうか、生活感のある着物姿でありますように(笑)何しろ、ハスキー犬と猫が畳の上を全力で走る家ですから、抜け毛&畳のささくれがいっぱいあるはず。着物も「キレイキレイ」ではすまされないでしょう〜

■大田区の 昭和の暮らし博物館に行って来ました(情報・ひしょさんより)終戦直後に建てた木造のお家をそのまま博物館にしたものです。館長の小泉和子さんは昭和の暮らしについて、多くの本を出している方なのですね・・・。

「いつの時代も最も残りにくいものは、なんでもない、一番身近な庶民のくらしだ」というサイト内の文章は、そのまま「着物」に、あてはまるかもそれません・・・。スタッフはこのお家にピッタリの、元気なお姉さん達。(←サザエさん的着物が似合いそう。)チョコ饅頭とドクダミ茶のサービスがありました。


足袋を木の枝に刺して干す。上野の下町風俗資料館にて

2.18

来月、「着物っぽい服を毎日着る国」へ旅行することになりました。(空港がすでに標高2300メートルとか。ドキドキです。)先日、一時的に体調が悪くなり、「もう私、先は長くないのか?・・・なら、今のうちにやりたいことをやるッ」とばかりに、旅行を申し込んでしまったのです。金欠なのに!!(今、体調はすっかり良くなりました・笑)これから即席で英語の勉強をしなくては、その前に確定申告も・・。


 

冬の雀のような明治の子供。可愛い重ね着です。赤いスカーフ?を巻いて、後頭部が丸い。

2.16

■川ちゃんがフーテンの寅さんをやったらすごく似るのでは?

■本、特に小説を読むのが苦手なのですが、もしかしたら自分にも読めるかもしれない、というジャンル(っていうほどでもないけど)を発見しました。それは、昔の人の口述伝記です。感情を、そっくりそのまま書いてあるので、わかりやすいったらありません。

「この時の、作者の心情を述べよ」という問題が作れないほどの男らしさ。がっかりした時は「大いに失望した」とそのまま書くし、ノイローゼ気味になったら「すっぱい汁を吐いた」と書くし。


働く人のシワシワ&裾広がりキモノ。右の人、前掛けの結び方が、キュッとして小気味よい・・。

■関西の方に、着付けの朗報♪♪先生も、ゆったり着付けの方だそうです!→→

■すっぴんのゴリを見るのは、どうも苦手、なんだ、な。


2.12

福沢諭吉の自伝を斜め読みしていたら、青年時代の夏の装いのことが出ていました。彼は、大阪で塾に通 っていましたが、大阪の夏は暑かったみたい。だから塾生達は、全裸(!)で過ごしていたそうです。ふんどしも、襦袢もなしで「真実の裸」。真っ裸でありながら、寝る間も惜しんでメチャクチャ勉強していたのです。

彼らも、ご飯の時と勉強の時は、さすがに一枚ひっかけるのですが、「全裸に絽の羽織」を着る人が多かったとか。(ヒエ〜!) 「今の人が見たら、さぞ笑うだろう」なんて書いてますけれど、ワンナイのトドロキさんが見たら、「ギューンッ」とか言って大喜びしそうな光景です。

昔の人は、現代より開放的なカッコウだったとは聞いていましたが、ユキチまで、全裸とは・・。「着物には決まり事が色々あるッ!」「着物を着れば、しゃんとするッ!」を、すっかり超越した世界(笑)・・・全裸なら、まず、着崩れませんしね♪


2.10 

■驚き価格の着物戦利品を色々と見せていただいた夜。

■明治時代、日本人を描いたフランス人画家ビゴーは、当時のグニャグニャ着物をリアルに表現しています。そのビゴーが日本で発行した「風刺雑誌」の名前は「トバエ」。

フランス人なんだから「トバエ」もきっと、フランス語かなんかでしょ、と勝手に思っていました。(表紙にピエロとか描いてあって、フレンチ?だし)・・。そうしたら違いました!「トバエ」は、「鳥羽絵」で、日本語だったのです。鳥獣戯画の作者である鳥羽僧正に由来するのだそうです。


2.7 

「老朽ビル・倉庫 住宅などに転用 」 このニュースは、テレビでもチラリと見かけました。まず、不況とかで空き屋状態になっているオフィスビルを探すんだそうです。そして、中を小粋に改装してから「住居兼オフィス」といった感じで貸し出すらしい。なんか、素人目にも良さそうなお話・・

「日本では、特にオフィスビルで、壊しては建てる『スクラップ・アンド・ビルド』が、当たり前のように行われてきた。そのことへの反省がある。不況が長引いている影響も大きい。既存の建物の再生をめざすリノベーションは、地域再生の手法としても有効だと思います」

こういうふうに古いものを工夫して、お洒落に使うっていう考え、これからの時代はきっと大切ですよね(着物もそうだし!)


今日のひとこと  2.6

■去年のドラマ「木更津キャッツアイ」の舞台に行って来ました。行くなら、ドラマと同じ「晴れた冬の日」と決めていたので、今頃行くことになったのです。(JR川崎発の、海の上を走るバス利用)

主に駅前商店街(天井が低い・・)を見物しました。「ふだんから着物を着ている男の子=バンビ」の実家と思われる呉服店、なども見てきましたよ♪ サイト内関連話題・木更津キャッツアイと着物

■東芝の介護便利帳に、着物の写真が何点か。(情報・ひしょさんより)

http://care.toshiba.co.jp/care/benri/print/index_j.htm

介護家族に喜んでいただけそうな50年以上前の写 真を集めました。」とのことです。生活に密着したリアルな着物の記憶を持つ人(戦前に、ある程度大人だった人)は、今80才以上?ですもんね・・


2.4

■「着物っぽい服が日常着のブータン」。ブータンに行きたい気持ちが、どんどん高まってきました。ブータン・ネパール方面 専門の旅行会社から パンフレットを取り寄せてみたりして。ああ、行きたい、行きたい!(サイト内関連話題

パンフレットを見てちょっと驚いたこと→→→その旅行会社が神保町(岩波ホール付近)のエスニック料理店を何軒も経営していたことです。

ワンナイの好きな人と川ちゃんについて話し合いました。「川ちゃんは、最初は何とも思わないけれど見ているうちに、だんだんと好きになってくるんだよ」「川ちゃんは、演技が、いけるんだよ」等。

うっとり書房さまにメルマガ上で紹介していただきました♪


2.2

以前、幕末の人のクッキリ鮮明な写真→■をネット上で見つけ、その濃い雰囲気に仰天したことがありました。彼らは、武士の恰好のまま(!)パリやエジプトを歩いたのです!

なかでも、益田進という16才の武士→■が気になっていました。幼い顔立ちなのにすごく気合いの入った表情、しかもその後、旧三井物産の初代社長になったとあります。

彼の自伝(「自叙益田孝翁伝」中公文庫)の、「文久3年の洋行」を読むと、まア!ネット上に掲載された写 真の人物がどんどん出てくる!この凛々しい人がパリのグランドホテルで切腹しようとしたんだな、とか、この人がホテルのトイレでオシッコ壺で手を洗ってしまった人だな、なんて、ちゃんとわかるのです。

また、益田少年は英語が少し出来たので、14才でアメリカ公使館に勤め、通 訳をしていたみたい。 例えば、外国の軍艦が羽田沖に来ると、益田少年は小さいフネに乗って尋問に出かけていくのです。でも、尋問することは「what you come forなぞと、書いてもらって」(!)行ったそうです。「実に危うい通 訳であった」「私は子供、むこうは大人」なんて回想していますが、こ、これはホントに危ういかも!(笑)

また彼の妹、繁子も11才からアメリカ留学しました。「少しも怖るる色なく」着物姿で横浜から旅立ったそうです。そして、足長おじさんの舞台になった名門ヴァッサー女子大を卒業‥。昔の子供はすごいですねえ。