2003.12月

表紙

 

昭和12年。上流階級向け雑誌のミリタリーファッション特集より。「もおど☆みりてえる」(真ん中はつのだ☆ひろのように、星。)つまりモード・ミリテール…という見出しです。

この女性の服は「ロシアの軍服を思わせるコンビネーション」という説明がついていました。

これもミリタリーファッション特集のページにありました。何かの刺繍ですね。何だろう?

答えは下に↓

刺繍の全体図です。

“「空襲模様半襟」(三越)

右「爆弾投下」 左 「夜襲」
。いち早くシナ事変を反映してゐます”

やだよこのネーミング…

「昭和8年はデパートに商品はあふれネオン輝き、ダンスホールは満員の好景気だった」「それは昭和14年まで続いた。14年はノモンハンで大敗した年だったが、国民はぼんやりとしか知らなかった」山本夏彦(大正4年生)「世は〆切り」文春文庫から

もしこの文章の通りなら、昭和12年 「空襲模様半襟」も、ネオン輝くデパートで売られていたのでしょうか。たった7.8年後の昭和20年、こういうことになるのを知らずに。

私らも未来の人にそう思われてたら困るなあ。「平成15年の人達って、8年後にああなるとは、誰も予想しなかったんだね。」なんて。

この雑誌、別のページでは上流階級のお嬢様がまだまだ優雅なライフスタイルを披露しています。

同じ号の違う見出し。
左下が…
(まんじは、卍)


登校前の女学生。 はね子さんはぎりぎりまで寝ていましたが、お母さんにたたき起こされて、ようやく支度をはじめました。オヤたいへん、遅刻しそう!時間との戦いです。

詳しいプロセスはこちらっ!


戦前に描かれた絵。成金さんが、汽車に間に合うように走っているところです。「一寸待て!駅長、1万圓やるからその汽車をとめてくれ。1分間1万圓だ直ぐ止めろ!」


こういう風景、現在の技術をもってすれば、マトリックス並に「衣裳のひるがえり」を撮影できるかも!

ところで、この時代の人は「自分が和風のかっこうをしている」って思わなかったんでしょうね〜。今、背広を着ている人が「僕は今、洋装している」って思わないように。

民族衣装で筋トレするブータンの人。


画像クリックで拡大

■戦前、昭和10年くらい。運動会の帰り道です(祖母のアルバムから。)やはりお母さん達は「着物と風呂敷」なんですねえ。ジーンズじゃないんですね。あたり前ですけど(笑)

■このインスタントラーメン講座の写 真が、妙に寂しいのです。日清食品なんだから最新の魔法瓶も用意できると思うのですが、ずいぶんと江戸東京博物館な魔法瓶。鍋も薄くて、使い込まれた線(水位 )が入ってます。でも、インスタントラーメンを作るには非常に具合よさそう。




お使い帰りの女中さん。宝石屋のウィンドウを見てお金持ちになった空想をしているところです。オヤたいへん!犬がバスケットの牛肉を盗んでいますよ。

下駄 拡大。


東京R不動産 古い風変わりな物件の数々。メルマガもあるそうです。


洋服のオジサンと着物のオジサンが仲良く並んで。(左のオジサンは、実在の人物というわけではなく、マンガのキャラです)


戦前の東京 。クリックでほかの写真もでます。


戦前に描かれた絵。昭和初期に宮藤官九郎さんがいたら、きっとこんな感じ。しかし、こういう適当ーーな雰囲気の着物姿って、ほとんど写 真に残らないような気がします。

昔は今ほど写真を撮らないし、もしとるとしたら、ある程度オメカシしていると思うので…。

(この人は金輪甘郎くんという書生さん。今、往来を歩きながら、“お財布でも落ちていないかな、それも札束とか、重要なメモが沢山入っている財布”なーんて虫のいいことを空想している最中です)

 

 

外国の人が、好奇心いっぱいの視線でスケッチしたものや ニュースの写 真に偶然うつりこんじゃってる←←こういうのは残っているかもしれません。

考えてみれば、これだけカメラが普及している現在でも、わざわざ「バスを待つオヂサン」や「牛丼屋で背中を丸めている兄ちゃん」を撮影する人は非常に少ないですもんね(笑)あまりに見慣れた光景だから。

空想の中で巨大な財布を拾う甘郎くん